10.11「砂川の大地から、とどけ平和の声 砂川闘争60周年現地集会」集会アピール

10.11「砂川の大地から、とどけ平和の声 砂川闘争60周年現地集会」に於いて
集会参加者により下記の集会アピールが承認されました。


                          集会アピール

 砂川闘争は、最後は23戸の反対同盟員によって、基地の拡張を阻止し米軍基地を撤退させました。
砂川闘争は、憲法9条の平和主義と、主権在民のもとに闘い、「安保条約は憲法9条に違反する」という、
伊達判決を導き出しました。
 しかし、アメリカとの密約により、結審を急ぐ形で出されたのが砂川判決です。最高裁は
「安保条約に一見明白な違憲性は認められない、依って司法裁判所のなじみがたい
国の統治行為である」とし、伊達判決を却下、東京地裁に差し戻しました。こうして、
田中耕太郎最高裁長官は、安保条約を憲法違反から救済し、最高裁は司法審査権を放棄しました。
 この砂川判決を集団的自衛権の根拠として、今回の安保法案は成立しました。
私たちが今注目すべきは、日米の密約で下された砂川判決ではなく、
伊達判決であることを今ここでしっかりと確認しましょう。そして、このような根拠で
成立した安保法制を廃止しましょう。
 砂川闘争は、第一回原水爆禁止大会に代表を送り、反核・反基地闘争を訴え全国に広まりました。
これからも、砂川は、核軍備反対・そして核軍備に繋がる原発に反対し広島・長崎そして原発を抱える
地域と共に連帯していきます。
 また砂川闘争は、米軍基地を抱える沖縄と共に、反基地運動を進めてきました。今沖縄では、辺野古への
基地移設・高江にヘリパット建設が進められています。基地を抱える地域は、憲法を超える安保条約と
日米協定によって、苦しめられています。米軍立川基地が吸収された横田基地には、オスプレイの配備が
予定されています。砂川は、沖縄と共に米軍の基地撤去・オスプレイ配備反対のために連帯していきます。
そして自衛隊立川基地に反対し、基地跡地および拡張予定地が主権者のために利用されるよう強く訴えていきます。
 以上のことを、集会ご参加の皆さんと確認し「砂川の大地からとどけ平和の声、砂川闘争60周年現地集会」の
アピールといたします。

                                                          2015年10月11日
                                              砂川闘争60周年現地集会 参加者一同

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砂川闘争60周年現地集会メッセージ  弁護士 新井 章

10.11砂川の大地から、とどけ平和の声 砂川闘60周年現地集会に、
当初、ご参加をご予定意いただいておりました、砂川弁護団の新井章弁護士が、
参加できなくなってしまわれたため、メッセージを届けてくださいました。
そのメッセージを掲載いたします。


砂川闘争60周年現地集会へのメッセージ
                                              2015年10月11日
                                           弁護士 新井 章

       砂川闘争60周年現地集会へご参加の皆さんに

 皆さん今日は!砂川闘争60周年現地集会にようこそご参加して下さいました。
様々な立場から、それぞれの思いで参集くださった皆様に、心からなる連帯の
挨拶を送らせていただきます。私も当初から参加の予定でおりましたが、
やむ終えざる事情が生じ、欠席せざるを得なくなりましたことをまずはお詫び申し上げます。
 さて、今から60年前、1955年(昭和30年)に、米軍立川基地拡張のために砂川農民の
土地を―有無を言わさず―強制的に取り上げるという、乱暴極まる土地収用の計画が
砂川町側に通告され、これに反対する町ぐるみの抵抗闘争は、全国から結集した
労働者・学生・市民・知識人等、広範な人々の支援を得て、国民的規模で取り組まれる
ことになりました。国内外に「砂川事件」とか「砂川闘争」と呼ばれたこの闘いは、
砂川現地及び裁判闘争の二つの場面を中心に果敢に展開され、粘り強い奮闘の結果、
1969年(昭和44年)には剤一米軍司令部からの拡張断念の通知さらに1976年(昭和51年)には
米軍基地内の接収土地までも返還させるという「合意」の達成によって、
全面勝利のうちに終えることができました。
 いまふり返ると、この砂川闘争に結集した多くの国民の基地拡張反対、平和憲法擁護の
熱意の盛り上がりは、引き続いた60年安保闘争の高揚に途を開き、更には70年代の
革新自治体の胎動の、〝胎盤〟を築き、その後も自公政権の交代を促す底流になるなど、
大きな政治的意義を発揮したことを窺い知ることができるように思います。
私は当時まだ25歳の新米弁護士でしたが、本日お見えの相磯まつ江弁護士たち
同僚と力をあわせ、21年に及んだ砂川闘争に終始参加し、最後の勝利の感激を
現地農民や支援の人達と分かち合うことができたことを、終生の誇りに思っております。
 今は80歳を超す高齢者となりましたが、昨今の安倍政権の平和憲法をないがしろにする
暴政に立ち向かって、もうひと頑張りしたいと決意を固めております。これからも皆様の
励ましとご活躍を祈念申し上げて、連帯の挨拶とさせていただきます。

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